第256回 意匠学会研究例会 発表要旨

■近代日本の靴下繕い 20世紀前半の新聞記事を中心とした分析
はしもと さゆり / 奈良女子大学大学院

 衣服の修繕の代名詞とも言える、穴の空いた靴下の繕いについて、20世紀前半の新聞記事を参照して歴史を紐解く。
 靴下は明治時代初頭、天皇や官吏が洋装化する中で使用され、日本に定着していったとされている。それが次第に、軍人や警察、駅員といった制服を着用する人へ、会社勤めをする男性、学生へと使用が広がってゆく。その靴下の繕いについては、戦後生産が機械化される以前、一足一足が今より遥かに貴重であったことから、毎日の通勤や通学で着用されるそれらを管理しケアすることは、家政を取り仕切る人にとって誠に骨の折れる厄介ごとであった。
 戦争の時代に差し掛かると、軍用資源確保のため、靴下を含む綿製品には、当時開発されたばかりであった人造繊維、スフの使用が義務付けられる。ところがスフは水に濡れると破れるという性質を持っていたため、「破れ易いスフ入り靴下」には苦情が相次ぐこととなる。この頃の新聞紙面では、垢が染みたり臭いがついたりすると靴下が更に破れやすくなるとする大学教授からの洗濯法指南や、代用品として襪(しとうず)の作り方が紹介されている。 更に、戦況の厳しくなった1942年には衣料の切符制が始まり靴下は年6足に制限される。朝日新聞ではひと月に3度もその繕い方について紹介するほか、マメに繕うために「靴下修繕袋」の持ち歩きを推奨する記事、百貨店で補修のための道具が売られるようになった様子を紹介する記事などが登場している。
 人々はなぜ、膨大な苦労を伴ってもなお、靴下をきちんと履かなければならなかったのか。靴下の繕いにまつわる人々の試行錯誤の様子とそれを巡る言説を辿りながら、この時代に、小さくも徹底した節約や工夫が推奨される様子を明らかにする。



■特別企画 デザイン史研究と教育2

 昨年の5月例会では、講義シラバスの比較をおこないました。今回の2月例会では、デザイン史・建築史・服飾史への入門講義の紹介をとおして、初学者にまず何を伝えるべきかについて、意見交換をしたいと思います。あわせて、今後の意匠学会の取り組みとして、デザイン史や、建築史・工芸史・服飾史などを含む、広い意味での「デザイン研究」の入門書をつくることを提案したいと思います。個々のテーマにいそしんでいる会員どうしの交流を活性化するとともに、多くの学生をわたしたちの学問へと導き入れたいと考えています。