第237回 意匠学会研究例会 発表要旨

■ 三味線に関するプロダクトデザインからの考察
  ─人と道具との新たな関係の構築を目指して─

村井 陽平/京都市立芸術大学大学院博士後期課程

 日本は戦後高度経済成長に伴い西洋化が進み、和文化が停滞するに至った。明治以降音楽教育は変化し、本国においても西洋音楽は定着したが、日本の伝統音楽への認知は低下の一途を辿った。中でも、三味線は江戸時代に大衆楽器として栄えた楽器であるが、現代においては大衆離れした楽器となってしまい、若者の大半は間近でみたことすら無いまま育つ。需要の低下に伴い、ユーザー層が縮小して三味線工房も減り、時代の経過の中で発生した諸問題も相俟り、今後の継続が危ぶまれる状態にある。
 伝統産業には様々なものがあり、代表する産地がある大きな規模の伝統産業では、補助金を得てデザイナーにデザインを依頼する事例が多く在る。しかし、全国に点在する産地が無い希少な伝統産業に関しては、デザイン事例が少ない。その要因としては、日々の生活に追われる中で閉塞した状態にあり、デザイナーに仕事を依頼する余力が無いからである。
 大量生産・大量消費を基本としてものづくりは、私達に確かな生活を提供し、プロダクトデザイナーはそれに貢献してきた。しかし、それを経たこれからの日本のデザイナーは、失われた価値観の再生や新たな価値観の創造が求められていくと筆者は考える。そこで、本研究ではプロダクトデザインの対象物として中々取り上げられない和楽器の中から「三味線」に焦点を当てた研究を行うことで、それぞれの専門分野の中で果たせる役割を発見し、これからの伝統産業の継続をデザインしていく方法論を身に付けたいと考える。また、研究は実際に三味線音楽である「常磐津節」を経験する中で得られた、実体験に基づく展開を行っている。



■ 神坂雪佳『うた絵』について ─王朝美と近代の融合─
矢野 節子/神戸大学大学院

 琳派の画家、図案家として明治・大正期に活躍した神坂雪佳(1866-1942)は、晩年の昭和9年(1934)に『うた絵』を出版した。古今集から採択した25首の和歌に取材した、葦手の手法による書と絵画の版画集である。歌絵とは物語や和歌の内容を絵画にしたもので、葦手とは水辺の植物や岩を文様化したものである。両者とも平安時代に始まった。本研究発表では、雪佳が目指した琳派の様式について『うた絵』を通して考察する。
 古今集の和歌は、読み人知らずの時代、六歌仙時代、撰者時代三つに分類される。本作の中心となるのは紀貫之(866頃-945頃)ら4人の撰者である。撰者時代の特徴は、歌合や贈答歌などの宮中文化が反映されていることである。また、25首のうち5首の詞書に寛平御時后宮歌合の作と記され、3首には是貞親王家歌合とある。歌合とは、宮中で和歌を競い合う催しのことである。他に、同じ種類の花などをもちより和歌を読み添える内裏菊合から一首、女郎花合から一首を収録している。本作の制作にあたり、雪佳は光琳カルタ、謡本表紙、土佐派粉本、蒔絵の名品などを参考にしたと思われる。その中には、京都市立芸術大学芸術資料館蔵『土佐派絵画資料』の内裏造営に関わる下絵に近似するものが4点認められる。これらのことから、雪佳は宮中文化を中心とした和歌を選び、王朝時代に思いを馳せていたことが窺われる。しかし単なる王朝への復古主義には陥っていない。花鳥風月の表現には鈴木其一(1795-1858)などの作風を取り入れ、同時代の竹内栖鳳(1864-1942)に影響を受けた風景描写を用いるなど、新しい手法の絵画表現となっている。
 琳派の特徴は時代に即した画風の構築にある。本阿弥光悦(1558-1637)以降の琳派の本質を受け継ぎながら、近代的な要素を融合させた作品が雪佳の『うた絵』である。