第230回 意匠学会研究例会 発表要旨

■ 現代における銘木の存在とその意義
岡田(泊里)涼子/武庫川女子大学 生活環境学専攻博士課程

 日本では、古来より木を素材とした造形物が多く、その加工技術と共に、質や意匠による使い分けの知識が専門家や職人の内で継承されている。本研究では、その木材の中でも、銘木と呼ばれる木材に着目する。
 銘木は、古くは正倉院宝物の中の木工芸品において使用されており、和建築の床の間や装飾性の高い木工芸品など、非日常的な造形物の素材として認識されてきた。しかしながら、個体差の著しい木材の性質上、銘木の条件や定義は不明瞭な点が多く、銘木商と呼ばれる専門家の間においても定まっていない。
 本発表では、こうした銘木の特徴を示し分析することにより、定義の明確化を試みる。これまでの木材に関する先行文献などから、銘木に関する記述を探り検証する。そして次に、銘木の条件として視覚的に認識が明瞭である杢に着目し、その名称や文様の種類、実作品での使用例を紹介する。また、銘木商、木工家、木工芸家などに対して行った木材・銘木に関するアンケート調査とインタビューの結果や、自身の木工家としての経験をふまえ、銘木をめぐる状況を把握し述べる。
 自然の産物である銘木は、現代の環境変化の影響を強く受けている。また、人々の木材に対する意識の変化もあり、日本における銘木の需要は大幅に縮小しているといえるだろう。そのような状況の中で、銘木の存在とその意義を探ることによって、これからの人とモノの在り方を探ることにつながると考える。


■ 再編される〈花鳥〉〈山水〉の図像学
―「十長生図」「海鶴蟠桃図」を中心に―
井戸美里/京都工芸繊維大学

 東アジアの美術において〈花鳥〉や〈山水〉のモティーフは、図像の持つ吉祥性から広く受容されたジャンルである。東アジアの地域に普遍的なジャンルといえる花鳥画は、中国絵画の影響を受けながら日本においても広く描かれてきた。同時に、日本製の〈花鳥〉の金屏風は、中国・朝鮮への貴重な贈答品や貿易品として古くから制作されていたことが先行研究でも指摘されている。朝鮮においても〈花鳥〉の屏風は、中国、沖縄、日本へと贈られていたことが知られており、花鳥画は、東アジアにおける交流という視点からその様式の伝播や展開、受容の場について再考する必要がある。
 本発表では、こうした〈花鳥〉〈山水〉の図像的交流のなかから生み出されたと考えられる、19世紀から20世紀初頭に朝鮮半島の宮廷において享受された屏風絵や襖絵に光を当てたい。日朝貿易や朝鮮通信使などの交流を通して、朝鮮時代の宮中においは、〈花鳥〉を描く日本の金屏風が重宝されていたと考えられ、伝金弘道の「金鶏図屏風」(三星美術館 Leeum所蔵)のような「和様」の屏風が現存していることも示唆に富む。さらに、韓国における近年の研究においても、宮廷絵画の作品における日本の金屏風の影響について論じたものは少なくない。一方で、この時期、日本人画家が朝鮮半島において宮中の障壁画制作に携わり、それらの作品の多くが〈花鳥〉〈山水〉であったこと、さらにそうした作例が当時の朝鮮美術の伝統とどのような関わりを持っているのか、ということはほとんど考察されていない。それゆえ、朝鮮美術のなかでも特に吉祥性が高く宮廷で古くから享受されてきた「十長生図」について、東アジアにおける図像的交流の文脈から分析を行う。〈花鳥〉や〈山水〉などの東アジアに伝統的なモティーフが、この時期、再編成されて新たな作品が生み出されていく過程を、日本から朝鮮に渡った天草神来や益頭峻南などの作品との比較を通して明らかにしたい。